2007年06月02日

てんこもり劇場・播磨国風土記~針間井~

今月から始まりました「てんこもり劇場・播磨国風土記」突然始まったので何のことやら分からない方も多いと思いますので、そのいきさつを少し。

先月15日にてんこもりスタッフ・フジさんと新人ザキさんが訪ねて来られまして、ブログのヘッダーのイラストを頼まれました。
例のアヒル会議の時です。

描く内容はもちろん播磨のこと。
でも今あるものは結構描かれ尽くしてるし、現存している表面的なものだけをなぞるのは簡単だけど面白くないし・・・。

で、せっかくするなら知識がついて楽しいくて、描くものがいっぱいあるほうがいいのでは?と提案。
そこで「播磨を知るには先ずは播磨国風土記でしょう!」ってなわけで今回からマンガ連載することになりました。

とは言うものの、私自身風土記に興味はあったのですが、全部の話を読み砕いて理解している分けじゃないので、これを機に文献あさりと取材を敢行して、播磨各地の起源を紐解きながら立派な「播磨国風土記マスター」を目指したいと思います(笑)


描くにあたって、もう一度風土記を眺めていたのですが(もちろん現代語に解釈されたものです)、播磨国風土記自体は東の方から地域別に書かれているので、地域に重点をおいて見るにはこれでいいのですが、
これだと物語としてはちょっと分かりにくいかな~と思ってしまった。

それならば、先ずは風土記にその名称の起源の残るもの(国名をはじめ現在ある市郡のくくりで)から書き出していこうと思います。
その後は時系列的に物語を展開していった方が、播磨国ができてきた時代の、太古の時間の流れを感じてもらえると思うので、その流れで進めていきます。

注:市郡のくくりで行くので町名・村名や字といったものはその後の物語の中で取り上げていきます。



で、はじめはもちろん「播磨」の名称についてです。

さてこの名前、どこからどのように来た(発生?)のでしょう?

実は播磨国風土記は、巻頭から明石の郡までの部分がなくなっているので、国名の由来もなくなっているので実際には分からないといえば分からないんです。
でも本文や他の文献に話が出てきていて、諸説あります。

しかしやはりそこは断定したいもの。
いろいろな人が探しています。
他の文献や史跡等で残っている事や学者先生の研究をふまえ、現在一番有力な説を採用しました。

すでにヘッダーのマンガで描いていますが播磨は「針間井(はりまい)」から来ています。
「萩(はぎ)の間(ま)の井戸」から表記が「針間井」に変わり「播磨」となったとの事です。

風土記では中ごろで揖保の郡(いぼのこおり)。
時系列的には中ごろ(中期)後半の話です。

そのほかの播磨の由来とされているものとして、「弓のように張った浜」「雨の晴れ間」「浜の延音」・・・などなど、あります。


で、ここまできたら次は取材。
地図上で見ると「針間井」のある「萩原(はいばら)神社」が見当たらない・・・。
そんな時、考古学やら文化財のこととなるといつもお世話になってる、たつの市教育委員会のY氏に場所を教えてもらい探してきました。
で、だいたいの場所を教えてもらい、いざ「萩原神社」へ。

国道2号線姫路方面から相生方面に西向きに走り、揖保小学校あたりを左折・南に下って行けば揖保町萩原にあたるはず・・・が、
天下無敵の方向音痴、どこでどう間違ったのか全然分からない。
軽自動車で行ったけど道が狭くて怖い怖い。
狭い村の中をグルグルまわって、立ち話をしている同じおばあちゃんの前を2度ほど通過し、20分ほどウロウロしてどうにかこうにか土手へ上がる道を見つけて一安心。
とりあえず分からなければ、土手沿いに走っていると見つかるとのことだったので、上がってみました。
それから、土手沿いを南へちょちょっと走ると、それらしきコンモリとした木立の固まりと建物を発見。
土手の上に車を止め、近づくとビンゴ!
ようやく「萩原神社」発見しました。





先ず目に入ってのは、木立に囲まれた神社の境内の真ん中に芝で作られた井戸を模した丸い円。
その横には「針間井」遺称地の石碑と石灯籠。
社の中にはいくつかの絵馬と昔の萩原神社の写真が飾ってあり、社の右手には歌碑、裏には石塔が4つほどおいてありました。














播磨名称発祥の地としては、少々寂しいような感じも受けましたが、何もないここだから10何世紀もひっそりと伝承されてきたのかもなぁ・・・とか考えながら田舎である好さを感じてみました。

取材を終え、土手をから降りようと南へどんどん下って行き、降り口を見つけたのですが「一般車両立入禁止」の札が・・・あれ?
どうりで土手のど真ん中に車止めてても他の車が来て邪魔になることがなかったのだと納得。
知らぬとは強いものですな、ハハハ。

帰りは妙にすんなりと村を出れまして、すぐに大きな道(といっても2車線だけど)を見つけ、たったと帰れました。
帰りに気が付いたのですがUCCの工場の横から入って道なりに行けばよかったのね。

地図はこちら


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この記事へのコメント
どっちゃんさん、かなりの時間を掛けて頂いた様で、ありがとうございます。
しかし、普段由来など何も考えずに「播磨」「はりま」を言っていたのですが、これからはもっとアンテナをはって、常に「?」を考えて行く様にします。
では、これからも宜しくお願いします。
Posted by staff-fuji at 2007年06月02日 11:35
播磨地域は特に地名とか、呼び方とか文献の中に逸話としてかなり残っていて、由来がはっきりしているものもありますし、調べていくと面白いですよ。

古代ロマンですね。
次回からも、乞うご期待です。
Posted by どっちゃん at 2007年06月02日 13:35
どっちゃんさん、素晴らしいヘッダーありがとうございます!
やっぱり、歴史上のこととなると、書いていくうえで
いろいろ取捨選択しなきゃいけないんですね。
スペースが限られているので、
エッセンスを凝縮するのに苦労されたのではないですか?
大変なことお願いしてしまってすみません・・^^;
が、これからもよろしくお願いします☆
私のブログ、リンクしてくださってありがとうございます^^
次回作も楽しみにしています♪♪
Posted by スタッフざき at 2007年06月03日 07:46
裏付け取材お疲れサマでした☆
歴史はロマンですね^^
可愛くて内容の濃いイラストで
てんこもりを飾ってくださって
ありがとうございます^^
毎日PC開く楽しみが増えました^^
Posted by さんちゃん♪ at 2007年06月03日 08:52
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